日本を変えた立役者なのか。

Douglas McArthurー昭和史 戦後編ー

半藤一利さんの「昭和史」をちゃんと読んでおこうと思いまして、読んでいますが、最初の方は、「敗戦とはこういう物か…。」とちょっと、びっくりして、すぐには読み進められません。 
 なので、少ししか書けないのだけれど、ダグラス・マッカーサーさんが出てきました。1945年8月30日。厚木飛行場に到着した、マッカーサーは、丸腰にサングラス、コーンパイプを手にしてゆうゆうとタラップを降りてきました。占領軍の総司令官が周りに護衛もつけず、単身で降り立って、記者団の質問に答えたのです。
 あとは、この本に任せますけれど、「世界の戦争」はこれで終わりにしたい。…という気持ちは、もうみんなの気持ちだったようです。
 マッカーサーは、記者団に対して、「メルボルンから東京まで思えば長かった。長い長いそして困難な道のりだった。しかし、これで万事終わったようだ。」と答えています。

 そして、9月2日に降伏調印式が戦艦ミズーリ号の上で行われました。そこでの、マッカーサーの3分間の演説が実に素晴らしかったそうです。大事な事だと思うので抜粋します。
 「…地球上の大多数を代表して集まった我らは、不信と悪意と憎悪の精神を懐いて会合したのではない…過去の出血と殺戮の中から信仰と理解に基礎づけられた世界が、また人間の威厳とその抱懐する希望の為に捧げられるよりよき世界が、自由と寛容と正義の元に生まれでんことを。
 それは私が熱望するところであり、また全人類の願いである。」とありました。

 9月22日には、「主要戦犯容疑者39人の逮捕状」が出されました。そして、
軍国主義的・超国家主義的教育の禁止
➀婦人解放
②労働者団結権
③教育の民主化
④秘密審問制度撤廃
⑤経済機構民主化ー財閥解体

このような、改革が粛々と進められました。アメリカは私達に、大きなプレゼントもくれていたんですね。
 今の、日本をマッカーサー元帥がどう思われるか、分からないです。ただ、「日本を愛しておられたんじゃないかなあ…最後には。」と思ったりします。
 次からは、マッカーサー元帥と天皇の「邂逅」について、話が進むようです。
                          秋の夜長に、虫の声を聴きながら。 キリコ