毎日、仏教カウンセラーの松本一志さんの、お話をFBで拝聴しています。去年の2月に、ふとしたきっかけで、そのページに出会い、一週間に日曜日だけは、お休みですが、後は私も一日も欠かさずに聴いています。
大体、朝AM8:00~8:40。15分から20分の、毎日違うお話があり、後は、松本さんがコメントに寄せられた質問に答えたり、感想を共有しておられます。
私は、仏道には全く関係なかったのですが、宗教への興味はありました。去年の2月は、色々とあって、かなり色々ことが混乱していました。特に、過去22年前の事が沸々と恨みと共に蘇ってきて、自分でもこの感情に殺されてしまうのではないか、というくらい、ずっと心を支配されていたことに気づきました。その時に、たまたま仏道に出会い、「
欲・怒り・恨み」は仏教では「三毒」と言われて、とにかく「サラッと流して、忘れること」だと学びました。
あまり、自分が仏教を学んでいることを発信するのもどうなのか…という思いがありましたが、毎日新たな発見があって、生きる指針を頂きましたので、ここでなら少しづつ発信できるだろうかと思います。
右の絵は、
「ある、旅人が道を歩いていると、背後から恐ろしい凶暴な虎が追いかけて来た。逃げて逃げて、男は松の木の木の根に縋り付き、さらに先端にいこうと、ぶら下がっていた藤蔓にぶら下がった。
ところが、下を見てみるとそこは底のない深海であった。また、そこから、青・赤・黒の毒竜が旅人を飲み込もうと首を伸ばし、口を開けている。
その時、旅人のぶら下がっていた、藤蔓を黒いネズミと白いネズミがかじりだした。『絶体絶命』のその時に、不思議な事に木の上から、甘い甘い蜂蜜がしたたり落ちて来た。旅人は、我を忘れて、その蜂蜜をなめ始めた…。」
というお話しです。よく見たら、松の木の枝に黒いネズミと白いネズミがいるのが分かります。ハチの巣があるのも分かりますね。
ここに出てくる登場の人や動物は一つ一つ、あるものの例えです。
旅人 私・あなた (人生はみな旅人)
凶暴な虎 死 (無常)
すがりついた松の木
財産・地位
すがりついた木の根・藤蔓
寿命
黒いネズミ 夜
白いネズミ 昼
深海 地獄
青・赤・黒の毒竜 死
欲・怒り・恨みの三毒の煩悩。
と言う話です。
蜂蜜が何になるか、考えて頂けたらと思います。
「人間は『人生』という旅をしているが、本当は後ろからずっと、凶暴な虎に追われるように、『死』が追いかけてきている。なんとかして生きようと、松の木に象徴される、『財産や名誉』を求め逃げるが、その枝の先の、藤蔓は細くて短い。『寿命』とはこのようなものである。寿命は1日1日、黒いネズミ『夜』と白いネズミ『昼』に刻まれて行き、一刻一刻に寿命は縮まっていく。藤蔓に掴まったはいいものの、眼下には底なしの『死』『煩悩』という深海のような『地獄』が広がるばかり。
そんな、絶体絶命のピンチに、人は、『食欲・財欲・色欲・名誉欲・睡眠欲』を欲し、ただただ、自分の置かれている状況を見ないで、枝の上から垂れる、欲望を満たす蜂蜜をなめている。」
蜂蜜は、「食欲・財欲・色欲・名誉欲・睡眠欲」を象徴する、「5大欲」です。
ブッダは、ブッダの信者のパセーナディー王にこの話を語ったと言います。
「舌を愛し、体を養わない。
財を愛し、施しをしない。
色に乱れ、身を慎まない。
名誉を愛し、徳を積まない。
楽に溺れ、努力しない。」
ただ、目先の楽しみに生きるのではない…と諭したと言います。(パセーナディー王はかなり、お太りだったという事です。)
あのトルストイも、「これ以上、人生の実相を明らかにした、例え話は他にない。」と言ったそうです。
上の話、松本さんのおっしゃった事に、少し書き加えました。
いやはや、私はとても感心して、ブログを久しぶりに書いた次第です。松本さんは、正体不明で、私が知る限りでは、現在45・6歳。大阪在住。東京大学の数学科を中退後、仏教を学びだし、20年程(?)前から、「仏教カウンセラー」という新しいジャンルで、お話をされています。心理学も学ばれたようです。どうやら、本人の目的は、仏教の話を広める事と、集まる人々のカウンセリングをすることのようですね。
あちこちで講演会をされるなどで、多忙だったようですが、コロナ禍で講演会の仕事が無くなり、「どうしよう。」となった時に、毎日AM8:00~FBで配信することを始められたとか。
私に取っても、良いご縁です。
「縁」というものがある。ということも、教えて頂きました。よく分る気がします。冒頭の恨みや怒りも、「きっちりと、良いご縁が結べなかった。」という、執着の裏返しだったとも言えるんです。「執着」については、もうちょっと、考えますが。だから、「本当は、もっと仲良くなりたかった。」ということだと思いました。
こういう、気持ちになったので、年末になんとなく、全て水に流す気になりました。私も求めすぎていたんだと思う。あれ以上も以下もできなかった。新年にあたり、また一つ一つの縁が近づくよう、お祈りします。
「怒りの気持ちで人生を無駄にしてはもったいないですよ。」とブッダも言うでしょう。